「恋」と「愛」


恋は自分本位で、愛は相手本位。
恋は一時的で、愛は永遠。
恋はときめきで、愛は信頼。
恋は心配で、愛は安心。
恋愛とは言っても、愛恋とは言わないように、恋は先にあり愛へと変わる。
などなど、恋と愛の違いを挙げたら数え切れないほどあり、文学や哲学、芸術などのテーマにもされるものだが、どれも人それぞれの考えであって明確な定義ではない。
注)上記は一般に言われている例を挙げたものであり、「愛恋(あいれん)」という言葉は存在する。

恋愛に長けていない人が「恋と愛の違いは」などと語り、どちらにも当てはまることまで違いとして挙げられることもあるが、多くの意見に共通するのは、恋よりも愛の方が深い情を表すということである。
このような違いが生じた理由は、言葉の歴史から見えてくる。

愛は中国から仏教用語として入った言葉で、元々は「強い欲望」を意味するが、日本では「おもひ(思い)」に相当する言葉としても用いられた。
明治時代には、英語の「love(ラブ)」やフランス語の「amour(アムール)」の概念に当てはめられ、現代ではこの意味が強くなった。
また、キリスト教でいう愛は、神が自らを犠牲にして人類を慈しみ、幸福を与えることである。
このようなことから、家族愛や人類愛、動物や自然に対する愛など、愛という言葉は対象が広く、恋よりも大きく包み込んだり、深いものという印象を持たれるようになった。

恋は古くからある和語で、愛が日本に入る以前は、恋が「おもひ」に当たる言葉であった。
ただし、恋が意味した「おもひ」は、植物や季節などに寄せる思いも表したが、主に、男女間の情の交わりをいうものであった。
昔から現代まで、恋は、異性に強く惹かれること、男女間の思慕の情のみを表すことが多く、慈しみや与えるものといった意味で使わないため、男女間の恋愛においても、恋は愛に比べて深くないものという印象になったのである。

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